2022
08.05

多種多様のことば遊びを持つ日本語。書籍を扱っているのに「遊び」を忘れがちだったと思った出来事(些細)。

Intelligence

Web上でニュースを見ていると(「読んでいる」より「見ている」感覚が強い、という個人的な体感)、話題のテーマに火が燃えているようなアイコンが付いていたり、「急上昇」「ピックアップ!」といった文言が付与されていたりするので、何がホットな話題なのかわかりやすいです。

今話題の検索ワード、見渡す限りヘビーなものばかりなので、楽しーーー\( ‘ω’)/というテンションではないのが残念ですが。
天災も人災も多過ぎるので、落ち着いて良き毎日を過ごしたいものです。

・・・自分が子供の頃ってもっと平和だったような気がしてしまいますが、錯覚だったのかなぁ。思い出補正かなぁ。
子供のうちって大人が守ってくれるから、実感や危機感を持たずに済んだだけだったのかもしれません。
と、大人になるとつくづく思います、風除け何にもないじゃん、この世界!!!(笑)
避けるのを面倒がって、向かい風に正面から突っ込んでゆくような性格なので、毎日傷だらけですよーっと。
*今は物騒な世の中、そして自分が生まれる前も物騒な世の中、と思えてしまうのは何故なんでしょう。自分が子供の時だけ世界が平和だったような気がする、末期症状か・・・

さて、あの頃自分を守ってくれていた大人の皆様に感謝しつつ、今度は自分が守る側なんだと「大人になった自分」を受け止めつつ、本題に戻ります。

今年話題のテーマの一つに、「値上げラッシュ」もあると思います。
今この瞬間の生活から直接響く内容ですし、段階的にアレもコレも値上げされてゆき、じわじわと逃げ場がなくなっていく感覚。

閉塞感しかないようなニュースですが、正しく知ることは大事。
ある日の朝、値上げラッシュについて番組で取り上げられていたので出勤準備をしながら見ていました。

バタバタしながら見ていた、ということもあるんでしょうけど。

8月以降 1万品目超値上げ」の見出し、、、

はい、お察し頂いて有難うございます。

正)1万品目超/値上げ
誤)1万品目/超値上げ←広報氏、ココスタッフseri

ニュースは「1万品目をこえて」という意図で見出しを表示させていたというのに、広報氏は「1万品目がめちゃくちゃ値上げ(値上げ幅が大きい)」と受け止めてしまいました。

このニュースについては、どちらの解釈が正解だったとしても、生活するのにどんどん苦しくなるよね・・・な、ある意味感想を一本化できそうな誤理解でしたが、この間違いをきっかけに、久々に「ぎなた読み」でのことば遊びを思い出しました。弁慶読み、とも呼ばれる「区切り位置を間違えて読むこと、またはわざと区切り位置を変えてことばで遊ぶ」というアレです。

昔の日本人の遊び?
いえいえ、SNS上でも大変活発にこの手のことば遊びを楽しんでいらっしゃる方々を拝見します。
時代が進み、ツールが変わってもことばを遊び道具として活用できるのは本当にお洒落だと思いますし、よくそんなこと思いつくな―、と感動を覚えるものがたくさんあります。

*気を付けなければならないのが、悪気はなくてもエロティックな表現と判断されたり、言葉の一部に性的な語を含んでいたり、あとは差別用語とかかな、が含まれていたりするとWeb上ではブロックされる等の処置が行なわれるので、その点慎重にならざるを得ないんですけども。
そういう意味では、昔々のことば遊びの方が直接的でお下劣なものの許容範囲は広かったかもしれませんね、人々があんまり神経質でなかったというか。

そもそも、「弁慶が薙刀を振り回し」を「弁慶がな、ぎなたを振り回し」と読み間違えるって、どんな状況だよっっと、始めて知った時には日本語の楽しみ方のバリエーションに感動するより、なぜそんな間違いを・・・の方が気になったものです。「ぎなた」って、なんだと思って間違ったんでしょう。

元の(正しい)文章はバリエーションがあるようですし、読み間違えた理由として、「薙刀(長刀)」と漢字で書いてあれば間違わなかったかもしれない、ひらがなで書いてあって、しかも「なぎなた」自体を知らない子供が読んでいた・・・という説があったりもしますので(後から知ったことですが)、由来そのものに深入りするのは今は避けておきましょう、、、絶対、一つの記事に纏まらなくなってしまう((((;゚Д゚))))

【超絶有名な、代表的な「ぎなた読み」といえば】
小学生の頃に実はたくさん聞いたことがあるんですよね、皆。
その中でも以下の数点が有名かなと。

(1)ここではきものをぬいでください
・ここで、履物を脱いでください
・ここでは、着物を脱いでください

(2)ぱんつくったことある
・パン作ったことある?
・パンツ食ったことある?←質問内容としては、とんでもなくクレイジーだなと思います。

ことばの区切りを間違っている、という意味では、以下のようなタイプもぎなた読みになりますね。

(3)せいしょうなごん
正)清・少納言 
誤)清少・納言

(4)あかぎれ
これは、現代では「赤く切れる(手足の、特に末端かな、、、)」という解釈が定着しています。
ですが、実は「あか・ぎれ」ではなく、元は「あ・かぎれ」という区切りでした。

あ=足
かぎれ=ヒビが切れる、を意味する「かかる」

さ、自分の「超」の位置読み間違いから、まさかぎなた読みに話を広げるとは、自分でも思ってもいませんでした。
初めて目にするような読み方も、検索すると色々と出てきます。
ぎなた読みから生まれたニックネームやキャラクターなんかもいるようですから、こういった頓智のような繋がりは無限の可能性を秘めていますね…!(大好物)

で、あぁ、どうやって締めようかな。雑記中の雑記、発展的な結論ありきで書いた記事ではなかったので(え?)取り留めもないのですが。

仕事柄、様々なジャンルの書籍に触れる機会を頂いております。
有難いです、贅沢です、知識の泉でいつも仕事をさせて頂いているイメージです。

読者が読み間違えないように、読み手により解釈が違ってしまわないように、細心の注意が払われて書籍は世の中に羽ばたいているのだと強く感じます。

当たり前に聞こえるかもしれませんが、ことば遊びが盛んだということは、それだけ「一つのことばに対して解釈が多く成り立つ」ことにも繋がると思います。

遊びや洒落のうちは大いに解釈の違いを楽しみたいところですが、、、

書籍という形で世の中に発信する以上、何度も何度も同じ言葉と向き合い、本当にこれで良いのか極限まで詰める作家の方々、編集の方々に改めて心から敬意を表したい!!!

間違えることが許されない場、間違えることをあえて楽しむ場。
それぞれありますが、どちらの状況でもことばが活発にやりとりされ、新しい価値を生み出したり過去の価値を再発見させてくれたりするのは非常にエキサイティングです。

ことば遊びはぎなた読みだけではないので、隙を見てまた書いてみようと思います。
(とはいえ、広報氏、つみあげうたの類は発想力不足につき不得手なため、多分書かないアハハ)

嬉しい女子カエル本日もお付き合い頂いて有難うございました喜ぶカエル

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。